2019年07月07日

今日は七夕

笹の葉、サ〜ラサラ♪

今日は五節句のひとつ七夕。

tanabatakazari-1-530x481 (1).png
七夕にはそうめん
暑さで食欲減退する
天の川の織姫の織り糸に見立てこの日にピッタリの食事ですね。

昔はピンクや黄色、黄緑のソーメンもありましたが、この頃はあまり見かけませんね。
五色の短冊、中国では糸で笹飾りをします。
これは陰陽五行説ですね。

また、7月7日は二十四節気では「小暑(しょうしょ)」七十二候では「温風至(あつかぜいたる)」になります。
だんだん暑くなり「大暑」を迎えるまでは暑中見舞いを出す時期です。


七夕の天の川、正式には今日の午前一時ころの夜空ですが、今晩も天の川は見られるでしょうか?
夏の大三角形
こと座のベガとわし座のアルタイン、はくちょう座のデネブ

tanabata1-530x410.png

小さい頃はよく空を見上げたけれど、この頃はあまり見なくなりました。
ゆっくり空を眺める余裕を持ちたいものです。
posted by m_ochiai at 15:00| 兵庫 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月23日

フラワーアレンジメントを長持ちさせるために

今回のフラワーアレンジメントはヒマワリを使ってラウンドで仕上げました。

KIMG3333.JPG

KIMG3340.JPG

日持ちしないのを何とかしたいと先生にお聞きすると、
1.あれやこれやと悩み花を何回もフォームにさすこと
 1発で決める!
2.深く挿さない
 深く挿しているかも・・・
2.切り口を斜めにカット
 これはしている!
3.水遣りは少しづつ
 これもしている!

ということで、技術的な未熟さを解消すれば少しは長持ちするかも…
posted by m_ochiai at 12:10| 兵庫 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月16日

フラワーアレンジメント

玄関に生花を飾ると風水的にはベリーグッドなのですよ。
KIMG3312.JPG


そこで、フラワーアレンジメントを習うことにしました。
まだ2回しかレッスンに行っていませんが、

1回目がラウンド
KIMG3260.JPG

百合、バラ、カーネーション、トルコ桔梗、ヒヤリカム、ドラセナ、レザーファン

2回目がホリゾンタル
KIMG3309.JPGKIMG3310.JPG

バラ、カスミソウ、カーネーション、トルコ桔梗、孔雀草、レザーファン

華道は若いときに草月流を習いましたが、フラワーアレンジメントは華道とちょっと違うように思います。

お花は地面に咲いている状態が一番好きなのですが、切り花にしたときは長持ちするように水揚げしたり、細心の注意を払います。
少しでもきれいにその命を使ってほしいと思うので…

でも、活け方が下手なのか、フラワーアレンジメントは持ちが悪い。

それに、型にはめ方が大雑把な(自由な)私にはちょっと苦手。
お花さんにも申し訳なく・・・

若いときに習った草月は、先生も素敵な方だったのですが、本当に集中して自由に活けることができました。

今はもう少し続けてみますが、いい加減のところでやめようと思っています。
先生は素敵な人なんですが、フラワーアレンジメントと私の気性が合わないのですね。
posted by m_ochiai at 13:24| 兵庫 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月01日

新しい元号「令和」

5月1日からの新しい元号が「令和」と決まった。
「令和」は日本最古の歌集「万葉集」から取られたもので、
これまでの元号はほとんどが中国の古典から選ばれており、
今回、初めて日本の古典から選ばれたとのことだ。

万葉集の梅を詠んだ歌は120首ほどあり、万葉の人々は梅をこよなく愛していたのだろう。

「令和」は、万葉集巻5の中で梅花の歌32首の序文から引用。、
この梅の歌は、天平2年の正月に、大宰府の大伴旅人の邸宅で開かれた新年の宴で、出席していた32人の客がそれぞれ梅を歌に詠んだもので
「令和」はその序文「初春の令月にして、清く風やわらぎ、梅は・・・」から引用したということです。


http://manyou.plabot.michikusa.jp/manyousyu5_815jyo.htmlより以下引用

天平二年正月十三日に、師(そち)の老(おきな)の宅(いへ)に萃(あつ)まりて、宴会を申(ひら)く。時に、初春(しよしゆん)の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和(やはら)ぎ、梅は鏡前(きやうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、蘭(らん)は珮後(はいご)の香(かう)を薫(かをら)す。加之(しかのみにあらず)、曙(あけぼの)の嶺に雲移り、松は羅(うすもの)を掛けて蓋(きにがさ)を傾け、夕の岫(くき)に霧結び、鳥はうすものに封(こ)めらえて林に迷(まと)ふ。庭には新蝶(しんてふ)舞ひ、空には故雁(こがん)帰る。ここに天を蓋(きにがさ)とし、地を座(しきゐ)とし、膝を促(ちかづ)け觴(かづき)を飛ばす。言(こと)を一室の裏(うら)に忘れ、衿(えり)を煙霞の外に開く。淡然(たんぜん)と自(みづか)ら放(ひしきまま)にし、快然と自(みづか)ら足る。若し翰苑(かんゑん)にあらずは、何を以(も)ちてか情(こころ)を述※1(の)べむ。詩に落梅の篇を紀(しる)す。古(いにしへ)と今(いま)とそれ何そ異(こと)ならむ。宜(よろ)しく園の梅を賦(ふ)して聊(いささ)かに短詠を成すべし。
※1:「述」は原文では「手」遍+「慮」
-----------------------------------------------
天平二年正月十三日に、大宰師の大伴旅人の邸宅に集まりて、宴会を開く。時に、初春の好き月にして、空気はよく風は爽やかに、梅は鏡の前の美女が装う白粉のように開き、蘭は身を飾った香のように薫っている。のみにあらず、明け方の嶺には雲が移り動き、松は薄絹のような雲を掛けてきぬがさを傾け、山のくぼみには霧がわだかまり、鳥は薄霧に封じ込められて林に迷っている。庭には蝶が舞ひ、空には年を越した雁が帰ろうと飛んでいる。ここに天をきぬがさとし、地を座として、膝を近づけ酒を交わす。人々は言葉を一室の裏に忘れ、胸襟を煙霞の外に開きあっている。淡然と自らの心のままに振る舞い、快くそれぞれがら満ち足りている。これを文筆にするのでなければ、どのようにして心を表現しよう。中国にも多くの落梅の詩がある。いにしへと現在と何の違いがあろう。よろしく園の梅を詠んでいささの短詠を作ろうではないか。
-----------------------------------------------

引用ここまで======

梅の歌を少し上げておきますね。

春さればまづ咲く宿の梅の花独り見つつや春日暮さむ 山上憶良(巻5ー818)
梅の花夢に語らくみやびたる花と吾思ふ酒に浮べこそ 大伴旅人(巻5ー852)
我が園に 梅の花散るひさかたの 天より雪の流れ来るかも 大伴旅人  (巻5-822)
梅の花咲きて散りなば桜花継ぎて咲くべくなりにてあらずや 張氏福子(巻5ー829)
梅の花 散り乱ひたる岡びには 鴬鳴くも春かたまけて 大隅目榎氏鉢麻呂 ( 巻5-838)
我がやどの 梅の下枝に遊びつつ 鴬鳴くも散らまく惜しみ 薩摩目高氏海人 (巻5-842)
posted by m_ochiai at 12:36| 兵庫 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月24日

夫の四十九日

タバコとオートバイが好きだった夫が
2月3日に亡くなって、昨日、四十九日の法要が終わりました。
IMG_0022.jpg

死因は肺線種癌から膵臓、胆管、脳への転移によるものです。

昨年の9月末、沖縄の知事選の応援の帰り、神戸空港へ迎えに来てくれた夫が「手が動きにくいので脳梗塞かと思って病院に行ってらどうも脳腫瘍らしいわ。家族の人と一緒に来てください言うてるねん」「えっ、なに?大丈夫?・・・」
次の日病院で詳しくMRI検査をし、お医者さんから「脳に20個くらい転移してますね。手術もできませんのでポーアイの低侵襲がんセンターを紹介しますのですぐ行ってください」とのこと。
神戸低侵襲がんセンターに行って、治療方針を決めるために癌の原発がどこか、検査をするのと、とりあえず、脳は放射線とステロイドで炎症を抑えようということになりました。

10月2日から16日までの平日10日間、通院で放射線治療、大容量のステロイドで動きにくかった手や足が元通り動くようになったので喜んでいたのですが、10月28日にけいれん発作で神戸大学に緊急入院。たまたま神戸大学で次の日に膵臓の細胞検査を受ける予定だったのでそのまま入院し検査もしましたが入院が嫌いな夫は早く帰りたいので11月3日には退院。

しかし、退院してからすごくしんどそうなので、予定の診察日前に低侵襲の主治医の先生に相談し診察してもらったら胆管が詰まって肝臓の数値がびっくりするほど上がっているのですぐ入院し、ステントを入れることになりました。
これで一命はとりとめたのですが、神戸大学で採った細胞診の検体が少なくってもう一度取らないと癌のDNAを特定できないということで、15日から神戸大学に入院。この時新しい金属製のステントと入れ替えをします。24日に退院。

入院し、検査するたびに体力が落ち、おなかも痛くなり、きつい薬を飲むようになり便秘になったり下痢をしたりでますます弱っていきました。

家に帰ってからも食欲がなく、12月6日の低侵襲の診察で癌のDNAが分かるのですが、最新の抗がん剤が使える型ではなく、従来の抗がん剤しか使えないが、こんなに弱っているので寿命より抗がん剤で死んでしまうので抗がん剤もやめた方がいい。在宅かホスピスで終末期医療をということになりました。

入院は嫌なので家でということで在宅医を紹介していただき、低侵襲はここまでで終わりとなり、家での治療となりました。

私たちとしては何か方法があるのではと民間療法を試したり、温熱療法ができる新大阪の山下医院に行ったりしましたが、金属製のステントが入っているため温熱療法ができなかったのです。しかし、山下先生のお話と励ましで元気をとり戻し生きる意欲が少しは湧いてくる夫でした。蓮見ワクチンも打ったりしました。しかし、食欲もなく、水も飲めない状態ではどうしようもなかったです。わかった時に、早い段階で山下先生のところに行っていればどうにかなったかもと後の祭りですね。

在宅医や看護婦の方は楽に死ねるようにとのことだけに傾注。そうなると私たちもだんだん死ぬことだけを意識するようになっていきますね。

最後は夫が「トイレ、起こして」というのでベッドから起こしてそのままずるずると滑り落ち、動かなくなってしまいました。
息子と抱きかかえベッドに寝かせ、医者に電話をして、朝まで医者の到着を待ち、死亡を確認。
親戚や夫の友人、寺に連絡し、葬儀の準備を進めました。

たった4カ月半でしたが、いろいろなことが分かった日々でした。
*癌のDNAを調べてそれに合った抗がん剤が開発されていること。型がぴったり合うと癌がぱっと消滅するらしい。
*なぜ癌になるのかという理由(山下先生の話が秀逸)
*朝食にパンはやめた方がいい
*パンは国産小麦の天然酵母のもの以外は食べない
*肺線種癌の場合たばこが原因ではない
*気の持ちようが大事だということ
*在宅で看護できるけど、その時になって在宅医契約を交わすより、普段からのかかりつけ医を持っていたほうがいい
*低侵襲がんセンターはとっても雰囲気が良く、先生も優しかった
*神戸大学は大学病院なので先生も看護婦さんも忙しそうで患者に寄り添うというよりも病気を見ているだけで白い巨塔
*夫は初めから覚悟はしていたが、治せるものなら治したいと痛みをこらえて麻薬を多くしなかった
*腸はとっても大事
などなど

葬儀から四十九日迄の7週間は時間の流れが本当に遅く感じられる毎日でした。

夫は悲しんでいる私より、自由に好きなことをしている私の方がいいだろうと遺影に向かって、おはよう、コーヒーどうぞ、お茶どうぞ、ご飯どうぞ、行ってくるね、留守番頼むよ、お休みと語りかける毎日です。
無口な夫だったので、「お父さんいなくても、あんまり変われへんね」と息子と話すのですが、いてくれる安心感はやっぱり違います。
夫婦って、お互いの空気みたいな存在が大事なんだと思います。

葬式の時、焼き場までオートバイの仲間が霊柩車の後に続き一緒にツーリングで送ってくれたこと、生前の話を一杯聞かせてもらえたことなど友達っていいなぁと思います。

夫が亡くなったことを連絡できなかった皆さん、ごめんなさい。
夫はいないけれど、新しい一歩を踏み出しています。
今後とも、いろいろ誘ってください。
無理難題を言っても協力してください。

よろしくお願いいたします。
posted by m_ochiai at 01:25| 兵庫 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月17日

危険を知らせるのアラーム

「地震です」「おおきな地震です」「これは防災訓練です」…と大音量でアラームが鳴り響きました。

今日17日は、24年前、阪神淡路大震災があった日。
この日を忘れてはいけないとアラームが教えてくれました。

24年前のその日、私は北九州市小倉北区の朽網というところに住んでいました。
夫を会社に送り出し、家事も一段落したころ、夫から電話。
「はよテレビつけ!大変なことになっている」
何が何だかわからず、テレビをつけると神戸のまちが大地震で潰れている画像、煙の上がっている画像…
「えっ!何…」
「電話が通じへん。そっちからも電話してくれ」
詳しい事情は分からないが関西で大地震があったことは理解して、夫と私の実家に電話を掛けましたが一向につながりません。

心配は増すばかり。

テレビの画面にくぎ付けになりながらも電話をかけ続けました。

午後3時ごろに義父からみんな命は大丈夫だったとの電話で一安心。
義父は公衆電話からかけてきました。
家の電話は使えないし、電気もガスも水道も駄目とのこと。

夫は翌日には携帯のコンロや水、食料などをもって実家まで行きました。
電車もありませんし、ふつうはたどり着けませんが、会社の関西の仲間の助けもあり、なんとか実家にたどり着いたのです。

夫の実家は半壊。実家の隣に建てた私たちの家は被害なし。
「よく命が助かったものだ」と喜びました。

私たち家族や親戚は幸いにけがもなく、無事でしたが、
たくさんの方が尊い命落とされました。
やっぱり地震は恐ろしいです。

お亡くなりになられた方々に謹んで哀悼の誠を捧げます。


私は1カ月後に行きましたが、町中埃でマスクなしでは入れない状態。
大きなビルは道をふさぐように倒れ、鉄骨をあらわにしていました。
1カ月もたってその状態だから、神戸にお住いの皆さんはさぞ怖かっただろうと思います。



この大震災を機に、耐震化やボランティア支援など多くの取り組みがなされてきました。
だから神戸はボランティアの発祥の地です。

日本は災害の多い国だと肝に銘じ、そのための政策が進められるべきなのに、なんだか反対の原発推進とか、避難困難者や災害関連死等の課題は山積しています。

政治が責任をもって、「忘れない」ことです。

記憶し、継承し、常に最善を尽くす。

今日も防災訓練のアラームが鳴り響きましたが、
安倍政権にこそこの危険を知らせるアラームを鳴り響かせたいと思いました。

posted by m_ochiai at 10:54| 兵庫 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月29日

無財の七施

世の中には施したくても、施すべき財もなく、教える智慧もなく、ましてや人様の恐れや不安などを取り除いてやることなどできない人が多いでしょう。

その人たちのために、釈尊は「雑法藏経」というお経の中で「財力や智慧が無くても七つの施しが出来る」ことを教えておられます。
KIMG0948.JPG

これが、「無財の七施」です。
KIMG0950.JPG

今日これを教えてくださった方がいて、なるほどと思いました。

一、眼施(慈眼施)…優しいまなざし
二、和顔施(和顔悦色施)…いつもニコニコ
三、愛語施(言辞施)…思いやりのこもった言葉
四、身施(捨身施)…体で奉仕する
五、心施(心慮施)…自分以外のものの為に心を配り、気遣う
六、壮座施…席や立場を他人に譲る
七、房舎施…雨や風をしのぐ所を与える

が七施です。

利他の心が大事なんですね。
つい自分本位になりがちな世の中、大切な体を与えていただいているのですから、これを使って周りを明るくしていけば本当に幸せを感じられますよね。周りにも最強の運気をもたらすことになります。

沈まないで明るく過ごしましょう、と思いました。

KIMG2558.JPG

これを教えてくださった方は、「最強のあいさつおじさんになる」と張り切っておられました。

いろいろつらいことが多かった一年ですが、心は明るく乗り切って、新年を迎えたいと思います。

posted by m_ochiai at 15:43| 兵庫 ⛄| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月22日

忘年会と認知症

JA全農兵庫の直営レストランの神戸プレジールに気功の徐先生と仲間で行きました。
ランチメニューの中から但馬牛のステーキを選び美味しくいただきました。

内容は、

KIMG2801.JPG
美肌酢
食前のお楽しみ(野菜の白子クリーム和えと白菜とサーモンのミルフィーユ)

KIMG2803.JPG
季節のスープ(オレンジカリフラワーとカニのポタージュスープ)

KIMG2804.JPG
フレッシュサラダ(15種類の野菜)

KIMG2806.JPGKIMG2807.JPG
ビーフステーキ(イチボとランプ)
本日の焼き野菜(レンコン餅、シイタケ、玉ねぎ、菜花)

KIMG2808.JPG
口直しのシャーベット(カボスのさっぱりシャーベット)

KIMG2811.JPG
ガーリックライス

KIMG2812.JPG
デザート(カシスアイスクリーム)
飲み物(コーヒー)
です。

約2時間、おしゃべりを楽しみながらコックさんが目の前で焼いてとりわけてくださり、熱々をいただきました。
結構お安くランチ時間は3500円です。


気功の話や中国の話など、いっぱいいっぱい楽しみました。
徐先生は中国の少数民族(万族)の出身で、一人っ子政策の除外を受けたそうで3人まで産めたそうです。
中国人の94%が漢民族で、漢民族は一人しかだめで二人目からは課金されたそうです。

また、文化革命で、中学の頃は親が医者で知識階級に属していたので4年間、遠い農村に送られ勉強を一切させてもらえず、農作業などの肉体労働を強要されたそうです。その時の仲間300人が来年には同窓会をするそうで、とっても嬉しそう。そのことを考えるだけで胸が熱くなります。
徐先生はラッキーにも、高校、そして難関大学に進学できて医者になったのですが、徐先生のご主人の自伝を読むと当時の政治のひどさとたくましく生きる青年が描かれています。

そのような苦労を一切感じさせないいつも控えめで謙虚な徐先生がますます好きになりました。

徐先生の気功の教室は静入の時間が結構あるのですが、静入の場の雰囲気がとてもよく、気が満たされる感じでリラックス充電するために参加させていただいています。
また、暮らしのちょっとしたヒントもいただけて役立っています。

認知症予防は足の親指の裏側の根元を内から外に向けて50回以上こするといいそうです。
これはエビデンスがあるそうです。

また手の小指の第一関節の横を10秒マッサージして3秒強く推すと、脳の活性がされるそうです。
ぜひお試しください。

お食事をいただきながら、あれにはどうすればいいのかと、気軽に尋ねることができて気軽に答えてくださる徐先生や気功の仲間たち、とっても頼もしく思います。

楽しい時間をありがとうございます。
posted by m_ochiai at 12:10| 兵庫 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月05日

奈良で

朱鯨亭の上級講座の帰りに、興福寺を通り、修理のために預けていた靴をもらいに川田靴店に寄る。
奈良はいたるところに情緒あるお店、お寺があり、大好きな町です。
高いビルがないのも魅力の一つ。
歩くだけでも気持ちいい。
ただ、観光客が多いのは・・・
まぁ、仕方ないか!

KIMG2772.JPG
興福寺五重塔(国宝)

KIMG2773.JPG
東金堂(国宝)
興福寺
http://www.kohfukuji.com/

KIMG2771.JPG
紅葉もきれい

川田さんがされている日本酒専門店。
日本中のお酒を集めてみたいそうです。
一度行ってみようと思う。
KIMG2774.JPGKIMG2775.JPG




posted by m_ochiai at 12:22| 兵庫 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神戸ルミナリエの準備完了

神戸のまちに降りていくと
居留地ではもうルミナリエの飾りつけ完了していました。
もう12月なんですね。
1年は早い。

昼間でも精巧な飾りは、ハッと感動します。

KIMG2762.JPG
KIMG2765.JPGします。


『神戸ルミナリエ』は、今年、2018年で24回目を迎えます。
阪神・淡路大震災犠牲者の鎮魂と復興・再生への夢と希望を託し、大震災の年、1995年の12月に初めて開催。
以来、震災の記憶を語り継ぎ、まちと市民の「希望」を象徴として、毎年開催しています。

神戸の冬を彩る荘厳な光の芸術です。
音楽も楽しみです。
たくさんの方が訪れ神戸の夜はにぎわいます。

12月7日から16日までの10日間

http://kobe-luminarie.jp/cont-01.htm

私も神戸に帰ってきてからですが、2回行ったことがあります。

よかったら、お越しください。

posted by m_ochiai at 11:55| 兵庫 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする