2019年01月17日

危険を知らせるのアラーム

「地震です」「おおきな地震です」「これは防災訓練です」…と大音量でアラームが鳴り響きました。

今日17日は、24年前、阪神淡路大震災があった日。
この日を忘れてはいけないとアラームが教えてくれました。

24年前のその日、私は北九州市小倉北区の朽網というところに住んでいました。
夫を会社に送り出し、家事も一段落したころ、夫から電話。
「はよテレビつけ!大変なことになっている」
何が何だかわからず、テレビをつけると神戸のまちが大地震で潰れている画像、煙の上がっている画像…
「えっ!何…」
「電話が通じへん。そっちからも電話してくれ」
詳しい事情は分からないが関西で大地震があったことは理解して、夫と私の実家に電話を掛けましたが一向につながりません。

心配は増すばかり。

テレビの画面にくぎ付けになりながらも電話をかけ続けました。

午後3時ごろに義父からみんな命は大丈夫だったとの電話で一安心。
義父は公衆電話からかけてきました。
家の電話は使えないし、電気もガスも水道も駄目とのこと。

夫は翌日には携帯のコンロや水、食料などをもって実家まで行きました。
電車もありませんし、ふつうはたどり着けませんが、会社の関西の仲間の助けもあり、なんとか実家にたどり着いたのです。

夫の実家は半壊。実家の隣に建てた私たちの家は被害なし。
「よく命が助かったものだ」と喜びました。

私たち家族や親戚は幸いにけがもなく、無事でしたが、
たくさんの方が尊い命落とされました。
やっぱり地震は恐ろしいです。

お亡くなりになられた方々に謹んで哀悼の誠を捧げます。


私は1カ月後に行きましたが、町中埃でマスクなしでは入れない状態。
大きなビルは道をふさぐように倒れ、鉄骨をあらわにしていました。
1カ月もたってその状態だから、神戸にお住いの皆さんはさぞ怖かっただろうと思います。



この大震災を機に、耐震化やボランティア支援など多くの取り組みがなされてきました。
だから神戸はボランティアの発祥の地です。

日本は災害の多い国だと肝に銘じ、そのための政策が進められるべきなのに、なんだか反対の原発推進とか、避難困難者や災害関連死等の課題は山積しています。

政治が責任をもって、「忘れない」ことです。

記憶し、継承し、常に最善を尽くす。

今日も防災訓練のアラームが鳴り響きましたが、
安倍政権にこそこの危険を知らせるアラームを鳴り響かせたいと思いました。

posted by m_ochiai at 10:54| 兵庫 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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